添乗員 (旅程管理者)
その他の呼び名 =
ツアーコンダクター ( T/C ) / ツアーリーダー / ツアーエスコート / ライゼライター (独語) 等など
この言葉は 旧国鉄時代からの 鉄道用語から取ったものだそうですが
この呼び名については 添乗員当人達も含めて ほとんど知られていません。
日本人の海外旅行は せいぜい30年位前から始まったものです。
当時はまだ1ドル360円時代で 庶民には少し敷居が高かった時代です。
もちろん 今のように詳しいガイドブックなどは存在せず
日本からでもわかる範囲内の それぞれの国の地理や歴史 大まかな気候
そして == !!現地でのマナー!!
日本にまだ洋式トイレが普及する前でしたから 洋式トイレの上に和式で乗り 用を足したとか
日本のお風呂と同じように バスタブの外でザーザー水を流してしまい 下の階が水びたしになったとか
ビデがわからず洗濯くらいならありそうなのですが 「これが音に聞こえた洋式トイレだ!」 とばかり
用を足したら全然流れず苦労したとか
はたまた 入れ歯をビデで洗ったとか
「夕食は宿で取る」というので 高級ホテルのレストランに
浴衣ではなく ちゃんと洋式でヒラヒラのネグリジェで行ったとか
レストランで 「いただきます!」の掛け声と共に 全員で「ズーズー」とやって
その 音に驚いたウェイターがお皿を落とした 等など。
いい時代でしたね。
とにかく 観光のための手配網すら無かった頃でです。
海外に 日本から進出しているネットがあるとすれば 貿易のためのネットぐらいしか無かった時代でしたから
貨物を動かすためのネットを使い 手配をしていたりした頃もありました。
当時はウィーンでも 観光案内を頼まれても とにかく日本人そのものが少なく 普通は英語のガイドが来て
それを 訳しながら観光しました。
どこに行ってもそんな状態でした。
ですから それまで国内旅行で世話をするために同行していた 旅行会社の社員では
現地に行っても 言葉の壁が厚く 観光にならないので 語学堪能な人を伴ったり
派遣したりしたのだそうです。
その最初の頃の添乗員ですが それまで存在しなかった職業ですから その呼び名はありませんでした。
それでは いくらなんでも不便ですから 何か呼び名が必用でした。
貨物会社から始まった 日本からの海外旅行ですから
本来は 列車の運転手の横に座った助手のことを 添乗員と呼んだのを
外国旅行のグループに付けた 旅程管理者のことを呼ぶようになったのだそうです。